洗体戦隊

クソ大学生の日々の日記

ああ。喉が渇いた。

雑踏を無軌道に歩いているとふと喉の渇きに襲われた。幸い目の前にコンビニがあったので僕は吸い込まれるように入店した。店に入ると他のコーナーにも目をくれず真っ先に飲み物コーナーに向かった。僕はただ喉の渇きを潤わせたいだけなんだ。見るからに味が濃そうなコンビニのお弁当や大量のお菓子やカップ麵、透明なビニール袋を掛けられ均一に並んだ雑誌などには今は一切興味がない。

 

飲み物コーナーに着くと、僕は今の喉の渇きに適している飲み物は何かを静かに考えた。清涼飲料は嫌いだ。あの気だるい甘さが堪らなく嫌なのだ。甘さを炭酸で中和させているつもりなのだろうが、僕に言わせればまだまだ死ぬほど甘ったるい。珈琲というのも今は好ましくはない。珈琲は味わうもので喉の渇きを癒すものではない。僕にとって珈琲は嗜好品なのだ。水という選択肢もあるが、水は家の水道水で散々飲んでいる。水に金を払うのは最も愚かな行為だと僕は個人的に思っている。なぜ海外モデルなどはこぞって割高な水などを買いたがるのだ。余程金に余裕があるのだろうか。

 

そうなると消去法的にお茶となる。特段お茶が好きといったわけだはないのだが、今の喉の渇きを潤すに最も適しているような気がする。僕は透明なケースの中から適当に一本のお茶を無造作に取り出し、会計のためにレジに向かった。レジには先客がいた。

 

丸々と肥えた中年の女が大量のお菓子を買い込んでいる。僕はやれやれと言いたいところだった。一体どれくらい待つことになるのだろう。僕はコンビニを出た後のことを考えた。時間はまだお昼過ぎ。今日という日は始まったばかりだ。新宿で買い物でもしようか。春物の服や靴を買ったほうが良い気がする。そんなことを考えていると僕の会計の番になった。

 

僕はなんていっても先ほどの客とは違い、お茶だけなのだ。店員も手間が省けてさぞ嬉しいだろう。そう思い店員の顔をちらりと見たが特段に表情に変化は感じることが出来なった。そりゃそうだ。彼らにとって客が何を買おうが興味の範疇には一切ないだろう。それは至極当たり前のことだ。それは今まで食べたパンの枚数を覚えていないことぐらい当たり前ことなのだ。

 

僕は手早く会計を終えコンビニを後にしとうとした。すると「ちょっとお客さん!!」と店員に呼び止められた。なぜなんだろう。金もおつりが出ないようにキチっと払ったはずだ。店員がお茶を差し出しながら「商品忘れてますよ」と呆れたような表情を浮かべながら言った。僕は自分の失態を恥じた。これじゃまるでサッカー選手がスパイクとユニフォームを試合に忘れるようなもんじゃないか。

 

僕はそそくさと店員からお茶を受け取り今度こそコンビニを後にした。すると後方から一人の女性が通り過ぎていった。コットンの短い長いスカートに、上は白いニットのセーターを着ている、ショートカットの真っ赤な口紅が特徴的な美しい顔立ちをした女だった。そして何よりとてもたわわに実った乳房をしていた。僕は大の巨乳好きなのだ。

 

まさかこんなところで巨乳に出会えるなんて。自分の幸運に感謝した。もし先ほどのコンビニでお茶を忘れなかったら、あの巨乳とも出会えなかったろう。人生には時として遠回りも必要なのかもしれない。

 

 

各々のがんばり

あれは去年の深夜の大晦日のことだ。僕は例年の如く一人で自室に過ごしていた。テレビからは実に楽しそうな人々の風景が絶えずに流れていて、こういった人々を中心に世の中は回っているというととを嫌でも痛感させられた。しかし特段に寂しいとは思わなかった。恋人と過ごす者、友人と過ごす者、家族と過ごす者。

 

 

 

彼らを見てそりゃ多少は羨ましいとは思う。それでも一人でいたい理由は他人といることとの煩わしさだ。とにかく人に対して気疲れするのが堪らなく嫌なのだ。それは家族だろうが同じ釜の飯を食った友だろうが変わらない。

 

 

そんなことを考えているとふと空腹に気づいた。家には何も無かったので近所のコンビニに行くと予想通り閑散としていてやる気をこれっぽちも感じられない店員がただ虚空を見つめているだけだった。雑誌コーナーを見ると青年が一人で熱心に少年誌のようなものを見ている。

 

ここにも同士がいたのだ。たった一人で深夜の大晦日にコンビニで立ち読みなんて過ごし方をするなんてどう考えても僕側の人間のすることだ。世間一般でいうリア充と呼ばれている人種がそんな大晦日の過ごし方をするわけがない。

 

そう思っていた矢先に、雑誌コーナーの横にある男女兼用のトイレが勢い良く開かれた。立ち読みをしている青年に向かって、「お待たせ~!!!」悠然とそう言い放ち一人の女の子が出てきた。美人とまでは言えないが頬が赤く愛嬌のある顔立ちと言える。僕は一瞬で彼女に好意を抱いた。

 

どうやらこの二人はカップルらしい。青年は一人ではなかったのだ。青年は僕側の人間ではなかったのだ。僕は自分の早合点を心の中で恥じ、カップルの楽し気な会話をBGMにしながら適当にカップ麺を選び会計を済ましコンビニを後にした。

 

家に付きお湯を沸かし、カップ麺に注ぎ込み三分が経ち、さあ実食といったところで割りばしが入っていないことに気付いた。僕は自炊を全くしない人間なので家には常備の箸なんて存在しない。あのやる気の無さそうな店員が入れ忘れたのだ。

 

あそこで確認しなかった自分を悔やんだが麺は刻一刻と伸びる一方だ。僕は逡巡していた。机の上に置かれている二本の鉛筆を使うかどうかを。人ととしてこれで良いのだろうか。大晦日の食事がこれではたして来年一年を無事に乗り切ることができるだろうか。そんな考えが次々に頭の中に出ては消えていった。

 

しかし食欲が勝り、鉛筆を逆さにして麺を食べた。使っている物が箸ではなく鉛筆であることを少しでも忘れようと夢中で食べていると、なぜか涙が止まらなかった。

 

 

 

 

スティーブ・ジョブスとビルゲイツ

大学一年生の後輩が童貞を捨てたらしい。その後輩は小・中・高と男子校だったので女の子は漫画や雑誌の中にだけ出てくる存在だと思っていたらしい。その後輩にとってはいわば生身の女の子はユニコーンなどと同じ類だったのだ。そのような閉塞された空間いたから性欲が凄まじく一日五回はオナニーをしていたらしい。朝起きてまずオナニー。学校の昼休みに人通りが少ないトイレでオナニー。夕方学校から帰宅したらすぐにオナニー。20時頃の夕食の後にオナニー。深夜寝る前にオナニー。このようなルーティンだったらしい。

 

さらにはピストン運動を行わなくても射精できる特異体質になったらしい。つまりその後輩はいつ何時でも夢精することが可能なのだ。これには乳首を擦るだけでイクことができる自分としても驚きを隠せなかった。そしていざ共学の大学に入学しても女の子に対して免疫がHIV並に弱くなっていたから全く話すことができずにやきもきしていたらしい。

 

そりゃそうだ。これじゃ生殺しの以外もなんでもない。それでもう素人で童貞を捨てるのは諦め風俗で済ますことにしたらしい。バイトで貯めた10万を握りしめ吉原の高級風俗に行ってきたらしいのだが、どうも浮かない顔をしている。

 

全く持って解せない。長年の夢ではなかったのか。むさ苦しい男だらけの閉塞空間に閉じ込められ、溜めに溜めた性欲をこれでもかと高級風俗嬢にぶつけてきたのではないか。そうなると一生ものの思い出となるに決まっている。というか一生オナニーのオカズにするに決まっている。

 

そう疑問に思い尋ねると、後輩は「世界は何も変わらなかった」と言った。どうやら後輩は童貞を捨てれば自分を取り巻く何もかもが変わると思っていたいたらしい。セカイ系の主人公にでもなったつもりなのだろうか。しかも思った以上にグロマンでトラウマになりそうらしい。二次元に走るかもしれないとも言っていた。

 

「こんなことなら、童貞の頃に戻りたいですよ」、そう残して後輩は姿を消した。僕は後輩の話を聞いてとある考えに至った。夢というのは達成された時点で無価値になり、また新しい夢を追い求めることとなる。つまり僕たちの人生はその作業の繰り返しということだ。そして夢は見ているときが一番楽しいのかもしれない。文化祭の準備が一番楽しいのと同じことだ。追い求めている時が一番充足感を得ることができるのだ。

 

そう思い僕は自分の夢を某Iカップグラドルとヤルこととした。これなら当分は叶うことはないだろう。

 

 

幸せって何だろうか。

美味しい珈琲と茶請けのカステラがあれば他はもう何もいらないと最近は思っている。これは以前の俺からは考えられないことだ。以前の俺は自他ともに認める自己顕示欲の権化だった。行動指針が全て人に尊敬されるかどうかだったのだ。人に認められたい一心で学生起業家にもなろうとした。そこら辺の大学生とは一線を画していることを証明したいがための起業だったから当然うまくいかなかった。

 

起業スクールなるものに通ったりもしたが、俺の他の奴らは純粋に各々の崇高な理念を持っていた。その理念を体現するための手段が起業だった。俺とは根本が違っていたのだ。そして俺は悟った。このまま他人の物差しで生きていても決して幸せになんかなれないと。

 

そして行き着いた先が珈琲とカステラだった。厳選された焙煎豆を丁寧に煎った珈琲とザラメがこれでもかと付いたカステラでコーヒータイムを過ごせればこれ以上の幸せはないと帰結に行き着いた。

 

 

もう金輪際他人の物差しで物事をやることはないだろう。これを親友に話したら「ちょっと前まで物差しでチンコの長さを測っていた奴の発言とは思えない」と言われた。ちなみに俺のチンコの長さは26センチだった。

パン屋にて。本当にただの日記です。

今日とあるパン屋でパンを一つ買った。表面にアンパンマンの顔がチョコレートで描かれたパンだ。会計の際にレジの女店員が「あ、アンパンマン一個」と半笑いで噛みながら言っていたがあれはなんでなんだろう。良い年こいた大人がパン一個しか買わなかったからだろうか。それとも俺みたいなガタイの良い強面がアンパンマンパンを買うなんて不釣り合いすぎたからだろうか。単純に「アンパンマン一個」というシュールな表現に笑ったのだろうか。

 

なにわともあれ真意を定かにすることはできないから憶測でしかないがあれは俺のことを小ばかにしているような感じだった。実に腹立たしい。俺の繊細な心は向こう一週間は自慰をすることが出来なくなるほど傷ついた。しかしそんなことが心底どうでも良くなるくらい俺の度肝を抜いたことがあった。店員のおっぱいの破壊力だ。乳袋と称しても過言ではない豊かな乳房だった。

 

童貞なら瞬殺できそうな殺傷力を誇っていた。女店員はこげ茶色の制服のようなものを着ていたのだが、パツパツでおっぱいがこれでもかと己の存在を主張していて今にもボタンが弾け飛びそうになっていた。店のパンでも詰め込んでいるのかと疑うレベルで真ん丸で小玉スイカぐらいの大きさを誇っていた。

 

パン屋のような空間であのようなおっぱいが許されるのだろうか。食と性というのは最も離れた場所にあるべきなのではないだろうか。人間の本能的な欲求としてこの組み合わせはありなのだろうか。いやでもご飯食べながらAV見るのはちょっと違う気がする。

 

そんなことを考えていると俺の脳が一つの答えをはじき出した。もしかするとあのパン屋はパンを売ることを隠れ蓑にして、性的サービスが本業なのではないだろうか。つまり我々はパン代金を払うというお題名で、あの店員のおっぱいを心行くまで眺めることができるのだ。そういう新しいサービスの形態なのかもしれない。

 

そして客層は俺のようなおっぱい星人をターゲットにしているのかもしれない。しかもあのパン屋は全国展開しているからお上公認、つまり現代の赤線地帯ようなものではないだろうか。そう考えると。あの店員のおっぱいをもっと見るべきだったという後悔が生まれてきた。

 

あのパン屋に足繁く通う日々になりそうだ。

いつもの君が好き

やべえ。澄ましたコラムみたいなブログばっか書いてたら前みたいな気持ち悪さを前面に押し出した九割九分五厘の女子が生理的に受け付けないであろうブログの書き方を忘れてしまった。もう手がね全然進まねえのよ。今まではパソコンの前に鎮座すれば手が勝手にキーボードを打ち叩いたもんだったのに。とんだ体たらくっすわ。

 

もう前みたいなブログ調というかブログ体というかブログスタイルというかブログエディションは無理かもしれない。いやマジでほんの少し前まではピアニストみたいに手が滑らかに淀みなくキーボードを叩いたもんだったのに。もしかするとイップス的な何かかもしれない。

 

イップスってのは精神的な負担が原因で思い通りに体が動かなくなる病気ね。スポーツ選手とかピアニストとかがよくなるやつ。そう考えると精神的に負担になってることが一つあるからそれが原因かもしれない。

 

非モテ男子が一年で最も忌み嫌うイベント、そうバレンタインデー。これが明らかに原因と言えるかもしれない。今年もチョコをもらえないと思うと胸にポッカリと穴が開いたような気持になる。心のドーナツ化現象。こんなこと言ったらますます手作りのチョコドーナツとか欲しくなってきた。

 

こんな俺でもね、小学校の頃はチョコをめちゃくちゃもらっていたのよ。こう見えて構内屈指の韋駄天だったからね。足が速い奴って無条件にモテるじゃん?それを完全に体現していたね。もう俺にチョコが集中しすぎてチョコ独占禁止法、通称チョ禁法が構内ルールとして出来上がっていたからね。出過ぎた杭は打たれる定ってか。

 

まあそんなわけでチョコが俺に一極集中していたわけだけど、あの頃の俺はBE COOLで無感情・無感動・無気力と三拍子揃ってたからもらったチョコは一つとして食べなかったな。食べない所か理科室からパクったマッチで一つ残らずもらったチョコ燃やしてたからね。あの頃の俺を張りつけにしてやりたいわ。

 

その因果か知らんが今となっては、毎年毎年判を押したようにチョコをもらう数がゼロときてる。俺としてもチョコゼロ記録を更新したくないんだけどさ。しかし毎年毎年ゼロってのもおかしいよな。この世の全てはイチかゼロで成り立ってる十進法なんだから、毎年ゼロってのは世界の理に反してるよ。

 

もう誰でも良いからチョコくれ。もうチョコというか体にチョコを塗りたくって自分自身をチョコとしてくれ。もう体にチョコ塗るんじゃんくて女体盛りで良いわ女体盛り。もう女体盛りじゃなくワカメ酒にしてくれ。チューチュー吸うから。こんなこと書いてるからもらえないのかな。あーあ宇宙人攻めて来い。

 

 

 

 

働く男

三月いっぱいまでの短期アルバイトを始めた。ラブホテルの清掃のアルバイトだ。使用された部屋のベッドと枕のカバーを変えて、ジュースやコンドームが無くなっていたら補填するのが主な仕事だ。単純作業ではあるので一度覚えたら楽な仕事ではあるが使用済みコンドームや血などを見る羽目になるのでそういった意味では大変な仕事なのかもしれない。

 

接客ではないのでお客に愛想を振りまく必要がないし、会話も必要最低限なもので済むので寡黙な僕には天職なのかもしれない。職場の仲間は風変わりな人が多い気がする。

 

元新聞拡張員にホスト、テキ屋の兄ちゃん、売れないバンドマンに芸人といった多士済々のメンツがそろっている。中でも元新聞拡張員のSさんには特別良くしてもらっている。Sさんはパンチパーマに強面という近寄りがたい雰囲気を放っているが仕事でわからないところを丁寧に教えてくれるし、仕事中は常に全力な熱血漢だ。

 

僕が使用済みコンドームを見るのに嫌気がさしていると、Sさんは「自分の仕事に誇りを持てない奴は負け犬だ」言い放ち使用済みコンドームを素手で掴み取りダストボックスにぶち込んだ。Sさんらしい含蓄のある言葉だった。このアルバイトを通して職業に貴賤はないということを身を持って体験することができた。

 

総理大臣と掃除のおばちゃんを秤にかけたとしても水平さは保たれたままなのだ。