洗体戦隊

クソ大学生の日々の日記

続ドラえもん~のび太の軌跡~

のび太は深夜の銀座の雑踏をあてどなく歩いていた。そして適当に目についたバーに入った。バーの店内は据え椅子が五個付いたカウンター席しかなくとても狭かった。のび太は一番ドアから遠い席に座った。気難しい顔をした初老のマスターに「ウイスキーオン・ザ・ロックで」と言った。

 

 

しばらくして運ばれてきたウイスキーのび太は指でちゃぷちゃぷとかき回し遊んでいた。のび太の心の中はウイスキーの綺麗な琥珀色と反比例するかのような黒ずんだ泥のようなもので埋め尽くされていた。のび太のそのような厭世的な気分が晴れたことは無かった。ドラえもんが消えたあの日から。

 

 

 

ドラえもんはある日唐突にのび太の前から姿を消した。そしてそれっきり戻ってくることは無かった。のび太は勉強した。遮二無二勉強した。その姿勢は以前ののび太からは全く想像できないものだった。当然の如く成績は急上昇した。それは戦後の焼野原からわずか10数年で世界有数の経済大国までのしあがった高度経済成長期に日本のようだった。

 

 

しかしその勉強は単純な向上心からのものではなかった。ドラえもんがいないことによって生じる心の隙間を埋めるための作業でしかなかった。絶えず勉強をすることでドラえもんがいない空白を埋めようとした。勉強して成績が上がれば上がるほどその空白は広がった。

 

 

成績が上がり周囲から一目置かれている自分の元にはドラえもんがまた戻ってくるとはとても思えなかったからだ。今ののび太は誰の目から見ても正真正銘のエリートだった。そしてそのまま名門私立中学・高校・と進み東京大学に進学に優秀な成績で卒業した。卒業後は財務省に入省し、現在は若手のホープとして扱われていた。

 

 

「今の僕を君が見たらさぞ驚くだろうな」誰にともなくのび太は呟いた。次の瞬間カランコロンと鈴の子気味良い音をドア立てて開かれた。静香だった。それは全くの運命のいたずらと言っても過言ではなかった。なにしろ二人は小学校を卒業以来一度も顔を合わせていなかった。けれども二人の間には時の流れというものが存在していないように感じられた。あの頃にスムーズに戻れるという確信が二人にはあった。

 

 

 

静香はのび太の席の隣に座り「彼と同じものを」と淀みなく言った。しばらくして運ばれてきたウイスキーをお互い無言でちびちび飲んでいると、静香がいきなりのび太の左手に自分の両手を重ねてきた。

 

 

「私のことずっと抱きたかったんでしょ?いいわ。好きにさせてあげる。今のあなたを見てるとどんな女でも慰めたくなるわ。心も体もね。」と悠然と言い放った。のび太はつかの間固まったが「君をずっと抱きたかった。初めて見た小学三年生のころからずっと抱きたかった。でも今はそんな気分じゃないんだ。悪いけれど。」と無表情で言った。

 

 

 

「どうして?」静香は質問した。「ドラえもんがいなくなってからそればかり考える日々を何年も送った。ドラえもんは僕の父であり兄弟でありたった一人の親友だった。彼がいなくなってからの僕はすでに終っていた。終わった存在になっていた。僕とドラえもんは二人で一つ。決して離れてはいけない存在だったんだ。こんなからっぽの僕に抱かれたら君の価値も下がってしまう」

 

 

そう言い放ちのび太は何枚かの紙幣を無造作にカウンターに投げ捨て店を後にした。「バカな人」と静香は呟いた。狭い店内には押しつぶされるような沈黙がいつまでも居座り続けた。